人間国宝 金城次郎

金城次郎沖縄県那覇市与儀に生まれた金城氏は、12歳で見習陶工になりました。 しかし、雑役や走り使いなどの下働きばかりで、一人前にロクロを蹴らしてもらえたのは17歳のころだったといいます。若き日の金城氏に民芸の影響を 大きく与えたのは、大正末から昭和10年代にかけて沖縄を訪れた濱田庄司、柳宗悦、河井寛次郎らでした。
昭和21年、那覇市壺屋に開窯してからは、努力と才能が実を結びます。
技法は飛鉋、三島手、刷毛目、指描き、染付、赤絵、三彩など中国、朝鮮、東南アジアの陶芸を思わせます。なかでも大胆な線彫りの魚文、海老文は代表的な文様となっています。47年に沖縄県指定無形文化財、60年には国指定重要無形文化財保持者(人間国宝)になりました。

金城次郎窯

金城次郎窯 金城次郎窯 金城次郎窯

金城次郎(1912~2004)

  • 1925年(大正12)新垣栄徳の製陶所に入門、壷屋の製陶に従事。
  • 1945年(昭和20)沖縄戦終結。
  • 1946年(昭和21)那覇市壺屋に築窯。浜田庄司、河井寛次郎らの指導の元で壷屋焼を守り発展に努める。
  • 1972年(昭和47)沖縄本土復帰。読谷村に移住。
  • 1985年(昭和60)4月13日、人間国宝に認定、沖縄県功労章受賞。
  • 1993年(平成5)勲四等瑞宝章受賞。
  • 2004年(平成16) 没。享年92。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

金城次郎 陶歴
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